本日の2016年12月8日にグラビアアイドルでタレントの丸高愛実さんとの結婚を公表したセレッソ大阪の柿谷曜一朗選手ですが、J2陥落したチーム再建とJ1再昇格という重責をキャプテンとして負いながらもチームを引っ張り、後半までもつれた昇格争いを制し昇格まで導いた選手として知られています。

また、一時はスイスリーグのFCバーゼルに所属するなど、海外のサッカーも経験している事から、日本のJリーグをより客観的に見れる選手として2017年の活躍が期待されています。

今回は、柿谷曜一朗選手のプロフィール丸高愛実さんとの結婚についてと気になる2017年の年俸についての3本立で書いていこうと思います。

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柿谷曜一朗選手のプロフィール

 

柿谷曜一朗選手は年月日にで生まれました。幼少時の4歳からセレッソ大阪の下部組織でサッカーの英才教育を受けて育ち、16歳という史上最年少の若さでトップチームであるセレッソ大阪の一員としてチームで活躍しました。

トップチームでプロ契約を果たしたのを機にセレッソ大阪が業務提携している第一学院高等学校に転校しています。ここで、学業とプロ選手としてサッカーする環境で育っています。

高校卒業後は早稲田大学人間科学部の通信課程に合格していますが、合格を決めたこの歳から同期で入団した香川真司選手の台頭や横浜Fマリノスから移籍してきた乾貴士の活躍などによりベンチを温める機会が増えてからは、少し腐れていたのでしょうか、遅刻を繰り返す様になり当時の監督であるレヴィー・クルピ監督の逆鱗に触れ、確執が生じたのか翌年の2009年には徳島ヴォルティスに期限付き移籍という形でチームから離れています。

徳島ヴォルティスは非常にアットホームなチームで柿谷曜一朗選手もすぐに馴染み、試合でも大活躍するなど、ライバルがいない分伸び伸び自分のサッカーをしていました。

また、当時の監督であった美濃部直彦監督の人間味ある接し方で、尖っていた角も徐々に丸くなり素行もプロ選手として遜色ない位良くなっていきました。2012年1月6日まで徳島ヴォルティスの選手としてゴールを量産し、チームの最高位である4位に導いています。

期限付き移籍期間満了によりセレッソ大阪に3年ぶりに復帰しましたが、チームは低迷しており、監督も変わっている中でもチームを鼓舞しゴールを量産する事で徐々にチームにも活気が戻り、また、3年前確執を生んだレヴィー・クルピ監督が再就任で監督になると、以前の過ちを謝罪してからは2人3脚で総崩れだったチームを立て直し、終わってみれば40試合で17得点という偉業を成し遂げ、この年のJリーグ最優秀選手賞も授与されています。

その後も快進撃を続け、J1上位チームのゴールを揺らす脅威となり、マークされ続けました。

2014年にはスイスリーグのFCバーゼルに完全移籍していますが、途中ケガに泣かされ、持ち前の球際の技術を活かしハットトリックを決めるもチームの構想外として途中で自由契約となってしまいました。

しかし、2015年シーズンからは三度セレッソ大阪に戻りJ2に陥落したチームをキャプテンとして再び蘇らせ、2016年の最終盤までもつれた決勝戦で勝利し、勝利の瞬間感極まり、ピッチ上で一人涙に暮れていました。

後にこの涙の意味を柿谷曜一朗選手本人はキャプテンとしてJ1昇格を目標に戦ってきた事への重責からの解放からくる涙と語っています。

改めて、考えるとキャプテンというのは自身の管理にプラスしてチームの管理もやらなくてはいけない非常にプレッシャーのかかるポストなのだなと思いました。

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丸高愛実さんとの結婚について

 

そんな、4歳からサッカー一筋の人生の中でようやく掴んだ幸せ、それは丸高愛実さんとの結婚です。

しかも、発表したのは、奇しくもJ1昇格を決めた数日後と言いますから、これは狙っていた可能性がありますね。

柿谷曜一朗選手の2017年の年俸について

柿谷曜一朗

 

さて、J1昇格の立役者である柿谷曜一朗選手ですから、きっと倍近く年俸が跳ね上がると思いますが、実際はどうなのでしょうか?

ちなみに、2016年は年俸5000万円と言われています。

この金額はJリーガーとしては多い方ですね。一般的なJリーガーの年俸が490万円と言われていますからその差は歴然だと思います。

まさしく、野球と同じで実力重視の給料査定ですね。

以上の金額を踏まえると、恐らく2017年の柿谷曜一朗選手の年俸は1億円という事になります。

1億円は我々サラリーマンが生涯に稼ぎ出す金額といわれていますから、素晴らしいですね。

結婚もして、プライベートも充実しましたので、あとは2017年のプレーで魅せて下さい。

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