今やダンスの振付師として有名なパパイヤ鈴木さん。

若い頃は本当にイケメンだったんですね~

パパイヤ鈴木さんといえば、トレードマークはあのアフロですよね。しかもあの豊富な髭です。

最近はもう50歳という事で、どこから見てもいいお父さんな恰幅な良い体型をしていますが、昔は本当にスラリとして顔も若い頃の村上弘明さんと同じくらいカッコよかったといいます。

そんなパパイヤ鈴木さんについて迫ってみました。

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パパイヤ鈴木さんの昔ってジャニーズだったの?

実はパパイヤ鈴木さんの父親は鈴木亮さんというらしく、売れない歌手だったそうです。

なので幼少時から生活はかなり厳しいものがあったらしく、両親が大学生相手の下宿を営んでいたためにどうにか生活は回っていたそうですね。

しかし、そんな父親の姿を見て育ったパパイヤ鈴木さんは音楽をしている父親が本当にカッコよく写ったらしく、中学生の頃には既に歌手になりたいという夢を父親に話しています。

当初反対であった父親も実は嬉しかったみたいで、当時中野にあったダンススクールで歌のタイミングを養成する為として通っていましたが、レッスンを初めるとその天才的な動きに全員の目を釘付けにしています

もうすでに、この段階でダンスに関する素養はあったみたいですね。

本当は歌手になりたかったパパイヤ鈴木さんではありましたが、段々とダンスにハマいっていったみたいです。

そんな中、パパイヤ鈴木さんのダンスに目をつけたスクール側が仕事をセッティングして、なんと30分出演しただけで1万円というギャラを渡しています。

当時高校生だったパパイヤ鈴木さんからしたら大金だったかもしれないですよね。

そんな、パパイヤ鈴木さんはその人懐っこい性格からか多くの友人に恵まれ、高校時代はなんと住居まで無料で提供されています

その友人の中には必殺仕事人で有名な東山紀之さんや植草克秀さんがいたと言うからスゴイですよね。

今考えると、東山紀之さんからご飯を奢られていたってスゴいですよね。

そんなパパイヤ鈴木さんは実はジャニーズであったという噂があります。

私も実はそう思っていましたが実は違うみたいですね。

でも、あれだけの逸材をジャニー喜多川さんが放っておく訳ありませんよね。

これについては明確な情報はありませんが、かつて郷ひろみさんのバックダンサーとして関わっているので可能性はゼロではないと思います。

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パパイヤ鈴木さんが売れたのは桑田佳祐さんのおかげ!

しかし、そんな華やかな芸能界でも長く在籍するにつれ段々と恰幅が良くなり、気がつくとダンサーとしては踊れず振付師番組ディレクター撮影などの完全な裏方に徹していました

そんな生活が数年続いた後に、やはり諦めきれずに当時の同僚やダンス仲間を率いてダンスユニットを結成し表舞台に立つべく自分たちで積極的に売り込みを掛けていました。

そんなパパイヤ鈴木さんの才能を見ていたのがサザンオールスターズの桑田佳祐さんでした。

桑田佳祐さんはまだ無名だったパパイヤ鈴木さんのユニットを自分たちのライブに呼んだりして知名度を上げ、その影響で売れに売れたみたいですね。

やはり、芽が出なくても諦めずに活動していれば、絶対に見ている人はいるんだなとそう思いました。

今では念願だった沖縄に住んで悠々自適な生活をしているのだとか・・・本当にうらやましいですよね。

パパイヤ鈴木

私の感想

最後になりますが、パパイヤ鈴木さんはたまたまボンビーガールで見ていてここまで知りましたが、それまではダンスの振付師としてし分かりませんでした。

パパイヤ鈴木さんがここまで成功したのは、やはり諦めなかった事と、福運を持っていたことではないでしょうか。

芸能界は実力半分、運半分という言葉を以前聞いた事があります。

まあ、人脈もあると思いますが、複雑な要素が1度に集まった時に本当に爆発的な位売れるんだなと思いました。

パパイヤ鈴木さんは今はバラエティー番組の出演が大半ですから、これからも応援していきたいと思いました。

最後まで見て頂き、ありがとうございました。

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